大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和49年(オ)1087号 判決

上告人

曾川利子

上告人

有限会社丸山商事

右代表者

丸山六之助

右両名訴訟代理人

堤千秋

堤克彦

横山茂樹

被上告人

相原辰雄

右訴訟代理人

清川明

主文

原判決中上告人曾川利子の被上告人に対する所有権移転登記抹消登記手続請求及び建物明渡請求並びに損害金請求に関する部分を破棄し、右部分につき本件を福岡高等裁判所に差し戻す。

その余の上告を棄却する。

上告を棄却した部分についての上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人堤千秋、同堤克彦及び同横山茂樹の上告理由について

第一上告人曾川利子の所有権移転登記抹消登記手続請求について

一原審の適法に確定した事実は、次のとおりである。

訴外松本村重と同上告人及び訴外丸山六之助との間で、昭和三六年一〇月二六日、同上告人は松本に対し金八一万四〇〇〇円の貸金債務を負担していることを認め、これを同三七年三月一五日限り支払う、丸山は同上告人の右債務につき連帯保証する、同上告人が右債務の履行を怠つたときは、債務の弁済に代えてその所有の本件建物の所有権を松本に移転する、同上告人あるいは丸山が期限前に右建物を第三者に売却しようとしたときは同人らは期限の利益を失う、との契約が成立し、同年一一月七日右契約に基づいて本件建物に松本のため松本スミ子名義で所有権移転請求権保全の仮登記が経由された。その後同年一二月同上告人と丸山が右建物につき第三者と売買契約を締結したため、同人らは期限の利益を失い、右債務の弁済期が到来した。そこで、松本は、昭和三七年二月一四日夕方佐世保市内の親友商事株式会社の事務所に丸山を連行し、松本において本件建物を他に売却処分してその代金を右債権の弁済にあてるため、丸山に対して、右建物の所有権を松本に移転することを求め、かつ、右処分による登記手続に必要な同上告人の委任状、印鑑証明書の交付等を強要し、右会社の事務員らとともに、これに応じない丸山に暴行を加え、翌一五日朝まで同人を一睡もさせなかつた。同日松本らの強要に畏怖した丸山は、松本らとともに同上告人方に赴き、同上告人名義の白紙委任状を作成し、同上告人の印鑑証明書とともにこれを松本に交付した。松本は、昭和三七年二月二三日被上告人に右建物を仮登記のまま代金一三一万円で売却し、その代金の支払を受け、右仮登記を被上告人に移転し、同日、被上告人において、仮登記に基づく本登記を経由し、松本は右代金を本件貸金債権の弁済にあてた。

二右事実によると、松本と同上告人との本件代物弁済契約は、債権担保のための仮登記担保契約であることが明らかである。そして、仮登記担保契約において、債務者が債務の履行を遅滞したとき、債権者は、目的不動産を換価処分する権能を取得し、原則として、換価のため、目的不動産を適正評価額で自己の所有に帰属させ、債務者に仮登記の本登記手続及び目的物の引渡しを求めることができるのであるが、その場合、右評価額が債権額及び換価費用を超え、債権者において右超過額を清算することを要するときは、債権者が清算金を債務者に提供するまで、換価処分は完了せず、債務者は債務を弁済して仮登記担保関係を消滅させ、目的不動産の完全な所有権を回復することができるのであつて、右清算金提供の時までは、目的不動産の所有権は、債権者の換価処分権によつて制約されてはいるが、なお債務者にあると解するのが相当であり、債権者の債務者に対する目的不動産を自己の所有に帰属させるとの意思表示だけで目的不動産の所有権が債権者に移転するものではないといわなければならない(最高裁昭和四六年(オ)第五〇三号同四九年一〇月二三日大法廷判決・民集二八巻七号一四七三頁、同昭和四五年(オ)第三一〇号同五〇年七月一七日第一小法廷判決・民集二九巻六号登載予定各参照)。

ところで、債務者が債務の履行を遅滞し、債権者が債務者に対して換価のため、目的不動産の所有権を自己に帰属させる旨意思表示をするとともに、仮登記のまま目的不動産を売却処分した場合においては、第三者は、債務者の債務の履行遅滞により債権者が取得した目的不動産についての換価処分権能に基づく処分によつて目的不動産を譲り受けたのであるから、右不動産について適法な手続により仮登記の本登記を経たときは、その完全な所有権を取得し、債務者がこれを否定することはできないものと解されるが、仮登記担保契約の趣旨に照らし、清算が未了である場合には、右登記の経由されるまでは、債務者は債権者に債務を弁済して仮登記担保関係を消滅させ目的不動産の完全な所有権を回復することができるのであつて、なお目的不動産の所有権は債務者にあると解するのを相当とする。そうすると、第三者が右登記を債務者の意思に基づかない等違法な手続によつて経由した場合には、債務者は、目的不動産を所有しているわけであるから、右登記の抹消を求める利益を有し、第三者に対して右登記の抹消登記手続を請求することができるものといわなければならない。

三ところが、原判決は、債権者松本が丸山に対して本件不動産の所有権を自己に移転するよう求めたことによつて直ちに右所有権が松本に移転し、同上告人がその所有権を喪失したとし、また、被上告人の本件建物についての仮登記の本登記が違法な手続によつてされたか否かを問わず、同上告人は被上告人に対して右登記の抹消登記手続を請求することができないとしたものであつて、右判断は、前記判示に反し、違法であるといわなければならない。そして、原審の確定した前記事実によつても、被上告人の経由した右登記が適法な手続によつてされたとは認められず、むしろ、右事実によると、その手続に瑕疵のあつたことがうかがわれるのであるから、原審判断の前記違法は、原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるといわなければならない。よつて、上告代理人堤らの上告理由第一点は理由があり、原判決中同上告人の被上告人に対する所有権移転登記抹消登記手続請求を棄却した部分は、破棄を免れず、右請求について、登記手続が適法にされたか否か等更に審理を尽す必要があるので、右部分を原審に差し戻すことを相当とする。

第二上告人曾川利子の本件建物明渡及び損害金請求について

原審は、松本が丸山に対して本件建物所有権の移転を求めたことによつて同上告人が本件建物の所有権を喪失したとして所有権に基づく同上告人の右請求を棄却すべきであると判断したのであるが、右判断の違法であることは、第一に前述したところによつて明らかであるから、上告代理人堤らの上告理由第一点は理由があり、原判決中右請求に関する部分は破棄を免れず、右部分を原審に差し戻すことを相当とする。

第三上告人有限会社丸山商事の損害賠償請求について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する事実の認定、証拠の取捨を非難するものであつて、採用することができない。

第四上告人曾川利子の占有回収の訴について

右訴は出訴期間経過後に提起されたものであるとしてこれを却下した原審の認定判断は、正当である。論旨は、採用することができない。

第五結論

以上のとおりであるから、原判決中、上告人曾川利子の被上告人に対する所有権移転登記抹消登記手続請求及び建物明渡請求並びに損害金請求に関する部分を破棄し、右部分につき本件を福岡高等裁判所に差し戻し、同上告人の被上告人に対する占有回収の訴及び上告人有限会社丸山商事の被上告人に対する損害賠償請求については、いずれも上告を棄却することとする。

よつて、民訴法四〇七条一項、三九六条、三八四条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

(関根小郷 天野武一 坂本吉勝 江里口清雄 高辻正己)

上告代理人堤千秋、同堤克彦の上告理由

第一点 原判決は手続に重大な瑕疵ある登記の効力につき解釈を誤つた違法があるものと思料する。

一、原判決は「このことを知つた松本はその真否を確め、かつ、自己の債権の回収をはかるため小宮三之助とともに、昭和三七年二月一四日午後六時ごろ佐世保市本島町七〇番地親友商事株式会社の事務所に丸山六之助を連行しその後小関徹夫、その兄小関正史、古閑武男、倉掛茂平ら右売買契約の関係者らも呼び集め親友商事株式会社代表者園田強介の同席するところで、翌一五日朝にかけて、前記売買契約の事情を究明するとともに、前記昭和三六年一〇月二六日付契約の条項にもかかわらず、六之助らが松本に無断で本件建物を他に売却したことを難詰し、かつ、小関徹夫に対する残代金一三〇万円では本件建物については優先順位の担保者がいるため自己の債権の弁済が受けられないと考え、小関徹夫に対し、右売買代金の増額を求めたが、同人が総額金二二〇万円までは承諾したがこれ以上の増額に応じなかつたので、六之助に対し直ちに貸金を弁済するか、あるいは松本において本件建物を他に高価で換価処分して右債権の弁済を受けるため、本件建物の所有権移転をすることを要求するとともに、その登記申請に必要な委任状及び印鑑証明書の交付並びに右建物の明渡を要求した。この間六之助が小関徹夫との本件建物の売買の事実を否定し、あるいはすでに受領している手附金の使途を明らかにしなかつたこともあつて、松本は激昂し、六之助の首を押え胸を押し、また小宮が六之助の耳を引つぱるなどの暴行を加え、六之助が便所に行くにも小宮がこれにつきまとうなどして、六之助を翌一五日午前四時ごろまで一睡もさせず同所から退去して帰宅することを断念させていたが、そのころ、六之助は一応松本に対する債務弁済のため倉掛とともに小宮に伴われて金策に出たものの、それに成功せず、その後前記関係者らは佐世保市本島町の松本宅に移つたが、松本は同所でも引続き所有権移転登記申請に必要な委任状等の交付を要求し、事務員らとともに一審原告曾川のいた本件建物に赴き、同一審原告に対し委任状に押印するよう迫つたが同一審原告が印鑑を所持せずこれに応じないと知るや、更に事務員らとともに六之助を取り囲むようにして強迫し、一審原告曾川名義の委任状を作成するよう強要し、遂に同日午前一〇時ごろ畏怖した六之助は松本が示した委任状の用紙に本件建物の売買登記の件を委任する旨及び一審原告曾川の住所氏名を記載し、その名下に「丸山」なる印鑑を押捺して受任者欄白地の委任状(乙第一〇号証の三)を作成して松本に交付した。と認定せられ、訴外松本らが上告人曾川、同六之助を強迫して代物弁済による本件建物所有権移転の登記手続に要する委任状を作成交付せしめた事実を確定せられた。右事実は松本村重および小宮三之助に対する不動産侵奪等刑事々件判決(甲第一五号証の一乃至三)によつても明にされているところである。

しかるに、原判決は右強迫により取得した委任状による登記手続を有効と解するため次の理由をあげている。

(一) 「松本の請求により昭和三七年二月一五日以降本件建物の所有権は松本に移転し、一審原告曾川は右松本もしくは同人の転売先に対し所有権移転登記をすべきはもちろん、本件建物を明渡すべき義務がある」。

(二) 「本件代物弁済は担保目的のものであるから、一審原告曾川において松本に対する債務を弁済して本件建物についての所有権移転登記請求権を消滅させるとともに本件建物の所有権を取戻すことができ、また清算金と引換えに本登記手続をする旨の抗弁を提出することができるが、一審原告曾川においてこれらの方法をとることなく、松本から第三者である一審被告へ本件建物が売渡され、一審被告名義に所有権移転本登記がなされてしまつた現在においては、一審原告曾川は、もはやこの本登記の抹消登記請求をすることはできないものといわねばならない」。

(三) 「登記面の現状は実体に符合しているのであるから、一審原告曾川において右本登記手続をする意思がなく、その意思に反して登記手続がなされたものであつても、またその際担保物について清算手続がとられていなかつたとしても、これを無効とすることはできない」。

(四) 「権利者松本の自力救済を承認することになつて不当であるばかりか、一審原告曾川は遂に本件建物所有権回復の機会を得ないまま、これを失う結果となり一審原告曾川に酷となるとの非難が考えられる。しかし、本件に関する限りは、昭和三七年二月一五日に一審原告曾川の登記委任状が作成された後実際に本登記がなされた同月二三日までに八日間を存し、その間同原告が弁済により本件建物を取戻す機会が全くなかつたものとはいえないし、清算金との引換えに登記をする旨の抗弁が出されていなかつたとしても後日の清算による失われた本件建物の価値の回復も可能であり不公平は解消できる」。

二、しかし、右理由をもつてしても、本件建物の所有権移転の本登記が有効であるとは解されない。

すなわち、原判決が認定されたように、本件停止条件付代物弁済が担保目的のものであるならば、「予約完結権の行使による目的不動産の所有権移転は、それによつて債権者に確定的な所有権の帰属を生じさせるものでなく、債権者に対し目的不動産の換価または評価による債権の優先弁済を得させ、剰余金があればこれを清算金として債務者に返還させることを目的とする清算処分権を与えるためのものであるにすぎない」(御庁昭和四三年(オ)第三七一号同四五年九月二四日第一小法廷判決)

また、「債権者担保のために停止条件付代物弁済契約がなされた場合には、債務者は右債権についての清算がなされるまでは元利金を弁済して目的物を取戻すことができるところ、右清算がなされない場合でも債権者が代物弁済を受けて、目的物の所有権を取得したとして、右目的物の所有権を善意の第三者に譲渡して所有権移転登記がなされた後は債務者は第三者から右目的物の所有権を取戻すことはできず債権者に対して清算金を請求するよりほかに方法がないと解するのが相当である」(御庁昭和四六年五月二〇日判決)

右の解釈によれば、債権者が目的物を善意の第三者に譲渡して所有権移転登記がなされるまでは債務者は目的物の取戻を所有権に基いて主張し得ることを明にしている。

前記原判決の認定事実によれば債権者松本スミ子の夫松本村重らは上告人曾川、訴外丸山六之助を強迫して所有権移転登記手続に要する上告人曾川の委任状に丸山六之助をして捺印せしめて被上告人に対し本件建物の本登記をなすに至つているので、この登記を有効と解すれば上告人らは原判決も認めるように、受戻権の消滅および清算金と引換えに本登記手続をなす旨の抗弁権を失う結果となるものである。債権者松本らは右の事実を予測して強硬に登記手続を敢行して、被上告人に本件建物を取得せしめ、かねての計画を達成しているものである。

右の結果を承認すれば上告人らは次のような不利益を蒙るに至るのである。

(一) 訴外松本スミ子の債権額は原判決も認めるように、「元金四〇万円余とこれに対する弁済期までの利息(約定では昭和三七年三月一五日であるが所有権移転の効力を生じたと認められる同年二月一五日を弁済期とした場合において)は金四万円余であつて、右乙第九号証に顕われている費用金七、一六七円を、これに加算しても元利金合計は金四五万円程度で一審原告曾川が右契約において承認した額よりも低額である」当時の本件建物は原判決も認められるとおり、上告人らは右建物については建築増築のため三三〇万円を支出しているが、当時の価格として少くとも二二〇万円と認められ担保債権を差引いても右貸金債権とは相当のひらきがある。(原審証人丸山六之助の証言)しかるに、乙第一号証「金銭貸借契約書並其他」と題する書面の金額は八一万四、〇〇〇円となつていて同金額をもつて代物弁済契約の効力を認めることは上告人らの窮迫に乗じ承認せしめた無効のものといわざるを得ない。この重大な不利益を主張する機会を失わしめられている。

(二) 訴外松本村重は債権の回収に名をかりて、上告人に本件建物の所有権を移すことを目的として前記強迫を行つたことは原判決も認めるとおり「昭和三六年八月初めごろ一審被告に本件建物の買受けの意向を尋ねたところ、一審被告が当時右建物に居住していた六之助及びその家族である一審原告曾川らが退去しその明渡しが済んだらこれを買受けてよい旨述べたので、松本はとりあえず本件建物の所有名義だけでも一審被告に移そうと考え、一審被告からその印鑑を借り受け、先に一審原告曾川から受領していた委任状及び印鑑証明書を使用し、同年八月九日前同法務局支局受付第五九五〇号をもつて松本スミ子から一審被告へ同月八日譲渡を原因とする前記仮登記の移転の附記登記を経、更に同法務局支局受付第五九五一号をもつて一審原告曾川から一審被告へ同日代物弁済を原因とする右仮登記に基づく所有権移転本登記を経由した。」右本登記は後に抹消されたが、昭和三七年二月二三日になされた本件建物に対する本登記も右と同じ手続を以てなされていることから、被上告人が自己の旅館業拡張のため本件建物取得の意思を既に前年より有していたことを明にしている。

(三) 上告人が本件建物を失うことは、生活の本拠を失うばかりでなく、上告人曾川は上告人会社より取得していた賃料一ケ月五万円上告人会社は旅館業および米穀燃料商ができなくなり旅館業による純益金一ケ月一二万円および米穀燃料商による純益一ケ月三万円を失う結果となるものである。

(四) 原判決が訴外松本らの強迫による白紙委任状の取得を自力救済と解し、上告人らが弁済または清算金と引換えに登記する旨の抗弁を主張しなかつたとして本件建物の移転登記を有効と解しているけれども、成立に争のない甲第五号証の一内容証明郵便によれば上告人に対し右移転登記がなされる以前に昭和三七年二月一七日付をもつて、上告人曾川利子(丸山)および丸山六之助は松本スミ子に対し移転登記および明渡の承諾を強迫に基いてなすに至つたものであつて、取消す旨通告している。当時訴外松本村重らは上告人らに対し乙第一号証記載の八一万四、〇〇〇円を請求していたもので、前記強迫状態の中で担保債権の清算をなすよう求め得る状態でなく、右取消された委任状を以て被上告人が本件建物の移転登記をなすも、第一審判決理由において認められるとおり、本件登記申請は登記義務者である上告人曾川の意思に基づかないもので、無効の登記といわざるを得ない。本件登記が原判決のように実体関係に符合するとしても、前記のような重大な不利益を上告人らに与える本件登記申請手続は著しい瑕疵あるものとして無効とすべきものである。

(五) 原判決が訴外松本らが債権回収のためしたという前記違法行為による登記が実体法上の権利関係に合致するとの解釈は自力救済の法理を拡張解釈するものであつて到底許さるべきでない。違法行為による事態の回復を求める上告人曾川の請求は当然認めらるべきであり、訴外松本スミ子は停止条件付代物弁済による仮登記を有するものであるから、上告人らが本件建物を他に売却した義務違反があつたとしても、訴外松本スミ子の右仮登記権利に変動なく、債権回収を不能とするものでない。したがつて、前記違法行為を敢えてしてまで債権回収を図る必要は認められない。原判決はこの点において、登記の効力に関し解釈を誤つた違法があるものということができる。

(六) 被上告人が取得した本件建物の昭和三七年二月二三日付代物弁済による所有権移転の本登記は昭和三六年一一月七日付所有権移転請求権保全の仮登記を訴外松本スミ子より被上告人が譲受けて上告人曾川との間に本登記がなされているので、右本登記は上告人曾川を登記義務者とし被上告人を登記権利者とする直接の登記であつて、その登記義務者の登記申請に重大な瑕疵があつて登記手続をなす意思がなければ被上告人の善意悪意を問わず当然無効といわざるを得ない。原判決の指摘するように、仮りに、上告人曾川、訴外松本間に中間省略登記について同意していたとしても右所有権移転の本登記手続自体の瑕疵であるから上告人らはその無効を被上告人に対し主張し得べきものである。

第二点 〈省略〉

上告代理人横山茂樹の上告理由

第一点 原判決は、審理不尽・理由不備・理由齟齬の違法があり、破棄されるべきである。

一、本件の特徴的な問題点は上告人らが暴利・暴力金融、松本村重らの謀略のいけにえとなり、その最も重要とする生活の基盤である建物を不法に奪取されるのを待つて、被上告人が乗取つた点にある。

原審は、このような暴利・暴力の金融の実体及びその謀略を看過し、再三に亘る不法な自力執行契約書の作成やその実行を正常なものと見、且つ被上告人がそれらとは全く無縁な者であるかの如く判断した。ここに重大な誤りの原因があるといえるであろう。

(一) 先づ本件建物乗取りの謀略の出発点である乙第二五号証をめぐる「私力執行契約書」作成の経緯から検討してみる。

原審は、右について次の様に認定した。

1 丸山六之助は松本スミ子名義で金融業をしている訴外松本村重から昭和三五年一〇月一七日から同年一二月二七日までの間に四回にわたり合計金一八万五〇〇〇円を借り受けていたが、昭和三六年二月一八日右六之助は借主有限会社丸山六商店代表者丸山六之助、連帯保証人丸山六之助、同丸山フサ子、同一審原告曾川(当時丸山姓、以下同じ)同園田新之助名義で支払期日の同月二一日には右貸金債務を支払うこと、協議のうえ切替の場合は利息を入金すること、右元利金の支払いを一日でも延滞したときは本件建物を明渡すこと、右明渡しは松本において建物内の動産等を搬出して私力が執行されても異議なく、明渡後は松本において使用するも第三者に転貸するも異議なく、その際は公租公課は借主において負担することを内容とする「契約書並承諾書」と題する書面(乙第二五号証)を自分で記載し、前記各名下に各名義人の捺印がされて、松本に対し差し入れられた。

というのである。この昭和三六年二月一八日作成の乙第二五号は、不思議なことに松本村重らの刑事々件には登場しなかつた。本件訴訟でも一審審理の終盤で突如被上告人側から現われた「しろもの」である。本来正常な金融機関であれば、後日貸金額を整理し、同旨の準消費貸借契約書を作成したならば、古い文書は、無用なものとして債務者に返還するものである。この乙第二五号証は、そういつた点から見て極めて不可解、不明朗なものであるといわなければならない。しかも重要なことは、乙のような書面が作成されるに至つたいきさつが不明確であり、且つ全体が上告人会社代表取締役である丸山六之助(以下六之助という)の筆跡とは認められないように明確に書体が違つており、その内容も作成日から三日後に元利金額支払を約束させ、それが履行出来ない時は建物を明渡せ等という無理難題を強いるものであることである。原審は安易にこれを六之助が「自分で記載し」と認定したが、その点において重大な誤りをしている。右の点を強調する所以は、右書面が本件不法明渡執行の源泉になつているからである。右書面が作成された昭和三六年二月一八日は本件建物において上告人曾川利子が「調川旅館」を開業して、一八日後であつて、旅館営業で混雑していた時期であり、又当時六之助は勿論借主有限会社丸山六商店も、訴外金融業者松本村重に対し、元利金を滞りなく納めていたことは乙第八号証の五乃至八から明らかである。しかも、その支払いは、利息制限法を右松本に有利に働らかせ、弁済期限を貸付日から一ケ月、それ迄の利率を年二割とし、以降遅延利息として年四割で計算しても、添付「債務弁済一覧表(一)」に明らかなように、その頃右松本が貸付元本金一八万五〇〇〇円に対し既に元本充当金三万六六六二円(残元本一四万八三三八円)という不法な暴利をむさぼつていたことが明らかである。その様な時期に、乙第二五号証が何故作成されなければならなかつたのか極めて不明確である。証人松本村重は一審第四五回口頭弁論期日における証言(五五項ないし五八項)において、

「これは丸山六之助の字です。これは金を借りるときにこういうことも書くんだといつて自分で書いてきておるわけです。自分がこういうこともしてもらつていいんだというようなことで、自分がこれは書いてきておるわけです。

金を借りに来る前にこれを確か書いたと記憶しております。」

と述べている。右の松本の証言が全く事実に反していることは、右書証自体筆跡から明らかであり、又同書面の作成が、新たな貸金の為でなかつたことからも明らかである。六之助も古い事実で正確な記憶を蘇らせることが出来ないが、少なくとも開業早々の旅館兼米穀商を経営して時価二〇〇万円を越える建物を二足三文の貸金(もつとも弁済期限を証書作成後三日とした点は事実上不能を強いる契約であつて公序良俗に反するものである。)弁済の代償に引渡すことを自発的に約束することは経験則上有り得ない。むしろ、暴力・暴利金融業者で、暴力団山崎組とつながりを持つ松本村重(甲第二二号証)の強要と策略に乗せられて同人の原稿をもとに六之助が書かせられ、内容を知つて驚ろいて中止し、あと第三者が書きまとめたと見るのが正しい。

右の事情を考慮に入れて判断すれば、乙第二五号証「契約書並承諾書」は、到底正常な契約関係を証する書面でなく上告人らを本件建物から追出すことを目的として、六之助らの窮状につけこみ不能を強いた公序良俗違反の無効な契約というべきである。

(二) 昭和三六年六月二日付「契約並承諾書」(乙第二三号証)の不法性について。

右契約書作成の経緯は、松本村重が前記乙第二五号証を楯に、同年五月末頃、右松本が使用人四、五名と共に六之助方に来て、

「元利二〇万円近くをすぐ払え、払わんと荷物を持ち出す。家を明けて貰わんといかん」

等と強要し、その後、松本が六之助の店の商品醤油一升瓶一〇本入一箱を店外に出しかけたことが発端となり、その中止を条件として作成されたものである(甲第四七号証)。しかもその内容は弁済期を僅々一七日後の同月一九日とし、元金を四七万五〇〇〇円等と一方的に決めたものであつて、まさに訴外松本村重らが自己の優越的地位を濫用してほしいままに作成したものである。

従つて右の様な実力行使を伴う強要によつて金融業者側が一方的に作成した文書は到底「契約」に値するものでない。原審は右事実を全く看過して、有効な「契約」と判断したのは、それ自体誤りである。又右の様な松本らの行為は公序良俗に反するものであることは明らかであつて民法九〇条に違反し無効である。

(三) 昭和三六年六月九日付「誓約書並同意書」(乙第二四号証)も右同様、六之助ら不知の間に作成されている。同書面記載の金五万円は、もともと六之助が坂口司法書士に借用した金員であつて、松本村重とは無縁である。それを本件の如く松本と上告人曾川間の契約の如く松本が作為したものである。

(四) こうして右書面等をもとに昭和三六年一〇月二六日付「金銭貸借契約書並其他」と題する書面(乙第一号証)が松本らによつて作成された。上告人両名及び六之助はその文書自体知らなかつた。むしろ右書面が作成される前後の経過から見ると、六之助は昭和三六年八月頃、本件建物が被上告人の所有名義となつた事を知り、驚き小宮三之助、倉掛茂平らをして、その抹消方を松本に申出で、それに要する書面作成と考えて押印した用紙が、同人不知の間に松本において右契約証書に使われたのである。かかることは、高利金融業者よりの金銭貸借が行なわれた際、屡々見られるところであるが、本件もその例である。現に倉掛茂平は、右書面に記名捺印していながら、その内容を全く知らず、同年一二月七日本件不動産を六之助から訴外小関徹夫に売却するため、あつ旋している。この様に書面作成は、上告人らや六之助が知らなかつた事は勿論立会人にも周知されていなかつた。ただ小宮三之助には松本よりその控が渡されてあつた。従つて右文書内容の如き「契約」の成立がなかつたことは、六之助の証言により明らかであり、その内容から見ても、当時真に六之助が知つていれば、問題となつていたであろう数々の疑問点があつたのに、それが全く問題になつた気配もない。例えば貸金を八一万四〇〇〇円とする旨の約定は、真に六之助や上告人曾川が知つていれば、それについて異議を留め、或はその内容を尋ねるなどして訂正されていたことは原審が当時の貸金元本を四〇万円余と判示しているところからみて充分うかがわれる。しかもそれにも増して「代物弁済」の予約を為すに至つては、上告人らが従前の経過及びその後の経過から見て、相当の抵抗をなしたとしか考えられない。右の様な点を全く看過した原判決は経験則に反しており誤りである。

(五) 原審は本件建物の明渡執行が小宮、松本の不法な謀略のもとに行なわれ、且つ被上告人もそれを承認し、違法な明渡執行を援助した点について看過している。

即ち、昭和三七年二月一四日夕刻より松本らは共謀の上、六之助らに対し一四時間におよぶ監禁暴行脅迫を加えて本件建物の明渡を要求し、その生命身体に対する危害が及ぶことを告げて、明渡承諾書に捺印を迫り、それに畏怖した六之助をして押印を行なわせた。六之助は右承諾書の捺印が強迫による意思表示であるとして同月一九日内容証明郵便をもつて直ちに取消しを通告した。

しかるに松本は小宮から六之助の債権者佐世保オーツ・タイヤ株式会社が六之助に対し執行力ある和解調書正本を有することを聞き、それに基く差押手続に便乗して、不法にも明渡執行を行なおうと企て、日頃より深交のある長崎地方裁判所平戸支部執行吏柴田饒にその旨申伝え(甲第二九号証)、同月二六日午後三時頃から同執行吏をして、通常は行なわない債務者不在中の債権者保管を名目とする動産差押搬出を強行した。その際、被上告人もそれに協力し、右和解調書の債務名義が六之助にかかる分だけであるのにかかわらず、上告人所有物件の全部を搬出するという異常な差押執行を強行した。かかる行為が民事上不法行為に当ることは当然であり、人権上ゆゆしき問題である。殊に被上告人は上告人らの隣において旅館を経営していたものであり普通であれば隣人が右の様な非人道的処遇を受けているのを目撃すれば、差止めのために、あらゆる協力をおしまないものである。ところが、右の様な処置をとらないばかりか自ら先頭に立つて、明渡執行を強行した柴田執行吏をはじめ小宮、松本その他暴力団員をもてなし、明渡執行後の占有管理を行ない今日に至つている。この様な被上告人の所為が何等民事上不法行為の責任も問わないとすれば、まさに無法者を野に放つに等しいと云わなければならない。被上告人が右の様な不法執行に積極的に協力したのは、既に本件建物の売買代金の一部を松本に支払い、且つ同月二三日付所有権移転登記をもつて所有名義を取得したことを知つていたからである。もつとも右所有名義の取得は、もともと松本らの強迫による意思表示によつて六之助が強怖のあまり上告人らの印を松本の要求する書面に押捺したものによつて行なわれているのであつて、もともと無効なものである。

被上告人が正常に本件建物の所有権並びに占有権を取得するには、上告人らの承諾なしには為し得ないはづである。

もし上告人らが承諾しなければ、法的手続によつて、上告人らに対し明渡を求め得るであろう。かかる手段をとらず、暴力と謀略によつて金融業者、執行吏、暴力団らと協力して不法に上告人らの本件建物の所有権を奪い且つその占有を侵害したことは不法という外ない。

原審は右事実を全く看過し、上告人ら敗訟の判決を言渡した事は誤りである。

よつて原判決は経験則に反し、審理不尽・理由不備・理由齟齬の違法があるので破棄をまぬがれない。

債務弁債一覧表(一)(二)〈省略〉

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